1. 榎本好宏作品 |
  2.  同人の秀吟 
  3.  |航路抄 
No.9 2015年9月発行
榎本好宏 選

 「三尺流れれば水清し」と、昔の人は言った。水の浄化能力を言った言葉でもある。こんな言葉、今の世界では、夢のまた夢なのかも知れない。南極の氷河が崩れ、世界中の海水温が一度上がって、魚の棲息地が変わり、空気が汚れ始めている。恐ろしい時代になったものである。
 この稿を書いている折も、室戸岬に上陸した台風十一号は、時速二十キロと遅いから、各地に例年の七月中に降る雨に相当する量を一日で降らせた。これも古人の言葉、「雷が鳴ると梅雨が明ける」も、死語になりつつある。
 そんな思いでいる中、今月は次の一句を巻頭に選んだ。
芋の声豆の声聞き雨を待つ
渡部 華子
作者は、福島県の奥会津に住む方である。農業を営んでいる方だから雨の降り方が気になる。降り過ぎても困るが、降らなければもっと困る。ことに、この句のように、芋や豆の育ち盛りには、雨が絶対に欲しい。そんな思いを、「芋の声豆の声聞き」と擬人法で書いているが、作者には、芋や豆の声がさながら聞こえるように思えるのであろう。この俳誌9月号が届くころは、ちょうど大根の種蒔きの時節で、雨が一番欲しいころなのに、不思議と雨が降らない。この作者はまた、大根の種の声を聞くことになるであろう。
塞の神おほかた竹の子配りあぐ
露木 敬子
 塞の神は、「さいのかみ」とか「さえのかみ」と呼んで、外部から集落へ、疫病や悪霊などが入ってくるのを防ぎ止める神で、大方は村境に祀られる。この一句の「竹の子」は作者のお宅の竹藪に生えるそれなのだろう。竹の子の季節には、それを掘って、近隣の知人、友人に配り、今年もその大方を配り終えたというのであろう。しかし、それも前句の擬人法にならって、その塞の神が竹の子を配り終えたと読むと、どこかユーモアが漂って面白い一句になる。
葭障子たつる父母なんど色
上春 那美
 かつては、夏になると、襖や障子を外し、葭障子を入れ、部屋の風通しをよくした。そんな作業はお父さんやお母さんの役目だったのだろう。私が興味を持つのは、その葭障子が「なんど色」だったということかも知れない。漢字を充てれば「納戸色」となり、鼠色がかった藍色のことを言う。もちろん、この言葉はご両親が使っていたのだろうが、私の母などはお納戸色と言っていた。私の書棚にも、古い色名事典が何冊かあるが、こうした色の古名は三、四百種ほどある。よく知られるのは、北原白秋の「城ヶ島の雨」の中で使われる「利休鼠」かも知れない。
麦秋といふ少年の日の匂ひ
日高俊平太
 麦が熟して黄色くなるので麦秋と呼ぶところ、竹の葉が黄色になって竹の秋(春)と言うのと同じ。かつての戦中、戦後は、米が十分でなかったから大麦を作り、押し麦にして米に混ぜて炊いたし、メリケン粉が入ってこないので小麦を作り、粉にして食べた。だから六月ころになると、どこでも麦秋の景となった。しかし麦作の少ないいまの語感は、黄ばんだ色にウェートが置かれるが、当時を知る人には、麦の熟れる時の、あの香ばしい匂いも麦秋の語感にあった。日高少年は、その小麦の穂から、チューインガムを作って遊んだに違いない。
ひそと咲き泰然と咲き朴の花
馬場 忠子
 朴の木は高木だから、花が見えにくい。ある山男は、山の高みから見下ろすといい、と私に教えてくれた。この句も「ひそと咲き」にはそんな思いがあり、しかるべき所から見定めると、まさに「泰然と咲き」の景になる。朴の花の咲く様子を見事に言い止めた一句と言えよう。
鷹山の訓を今も五加木飯
後藤 千鐵
 米沢藩主の上杉鷹山は、勤倹の思想を広めて、藩の財政を救った人。一方の五加木飯は歳時記にはあるが、案外食べたことのある人は少ない。ただ、飢饉の折の非常食として植えられたとあるから、鷹山の勤倹思想には合う。話がとぶが、福島の奥会津から私が送ってもらう漉油なる山菜は、辞書を調べると「ウコギ科」とあるから、五加木(うこぎ)と同じ物なのだろう。私の一番好きな山菜である。
枝分れ枝分れして青田かな
太田 直史
 山から引かれた水は、途中、見事に枝分れを繰り返し、田に引かれている。これがないと「水を盗む」といった事件が、かつては多かった。その水引きの絶妙さを、作者は、山を下りながら見届けたのだろう。
鵜に水をかけて鵜飼ひの始まりぬ
藤川三枝子
 岐阜県の長良川の鵜飼いが知られるが、これもそうだろう。始まりに際して鵜に水を掛けるという。鵜も驚くだろうが、鵜匠も緊張するに違いない。
ぜんまいの莚十枚干しにけり
齋藤 茂樹
 高級な山菜、ぜんまいは、製品にするまで手間がかかる。莚に干しながら、三日間もみ続ける。その作業をするための莚に日が当てられているのだ。
冬瓜のどこが好きかと聞かれても
田口 愛子
 冬瓜好きの私も、よく自分で煮る。同じ質問をされれば、私もこんな風にしか答えられない。冬瓜とはそういうものなのかも知れない。