No.13 2016年5月発行
榎本好宏 選
「航」も、この五月号で、創刊三年目に入る。よく飽きられやすい例に使われる「三日、三月、三年」の言葉もあるので、心しなければならない。今年の一月号の巻頭言に、「取り合せ」の俳句について書いたせいか、今号の「航路集」の投句には、この取り合せの俳句が圧倒的に多くなった。それらの多くは、季語と、それに合わすべき事物は、限りなく離すべきだと書いたがため、この言にそって離しているが、その大方が、自分の感性として両者を離していないところが、私には少々残念である。今号には、角川の「俳句」四月号に私が書いたエッセイ「取り合わせと『促し』」を再掲したので、もう一度、ご一読願いたい。 ──今月の巻頭句には、次の一句を選んだ。 | 箒の柄日に温みたる龍太の忌 |
宮下とおる | |
飯田龍太さんに親しくしていただいたお陰で、私も何度か山廬を訪れている。この山廬の東側の裏庭に抜ける壁に、かつて竹箒が七、八本吊るしてあった。この竹箒は、これを作る事が好きな龍太さん自身の作品で、形は皆違うがどれも使いよさそうな箒である。龍太さんから、じかに聞いた話だから間違いない。 この一句で言う「箒の柄日に温みたる」の文言通りの景である。 作者は山廬の竹箒ではなく、自宅の箒を詠んだものだろうが、陽が当たって柄が温んだ箒を握った時、作者の脳裏に龍太忌の季語が不意に浮かんだ。これこそが、私の言う本当の取り合わせになっている。最後になったが、龍太忌は二月二十五日である。 | ◎ | 春火桶焙り左手に弓の胼胝 |
村上 正己 | |
弓は矢をつがえて放つまでに、八段階の順番があり、最後の開で矢が放たれる。その間、左手は左側にきつく絞って握っているため、矢が放たれた一瞬、弓弦は回転して、左手の外側の肘を強く打つ。専門的なことを書き過ぎたが、左手は弓を強く絞るから、当然のことながら掌に胼胝が出来る。弓道場は吹き抜けで寒いから火桶があちこちに置いてあるのだろう。普段は気にも掛けていないが、火桶に掌をかざしていると、そこに出来ている胼胝の硬さに気付いたのだろう。日常の中の発見とでも言えようか。 | ◎ | 初音聞く土俵造りの氏子衆 |
青山 幸則 | |
祭礼の折、神仏に奉納する相撲が、古くから社寺の境内で行われてきたが、この句の相撲は神社のそれだろう。そのための氏子達が動員され、土俵から観客席までしつらえている景である。昔は「相撲の節会」として、陰暦の七月末に行われていた。氏子達が土俵造りに汗をかいているころ、近くから鶯の初音が聞こえてきたという。一瞬、氏子達は手を休めてなごんだことだろう。 | ◎ | 納骨を終へて北窓開きけり |
天野 祐子 | |
納骨の時は、仏教の宗旨によって違うが、多くは三十五日、四十九日に行うところが多い。このお宅では、お骨が、北窓を閉じた仏間に安置されていたのかも知れない。家族にとっては、北窓を開けることで、仏の御霊に影響を与えると案じていたのかも知れない。墓所に納骨したことで、やっと北窓を開ける覚悟をしたのだろう。 | ◎ | 下萌や桶転がりて機屋あと |
髙部せつ子 | |
私が疎開していた群馬は、近くに桐生や伊勢崎といった織物の産地が多かったせいか、この機屋が多かった。農家の主婦の大方は、手機で機織りをするので、こうした機屋が自転車の荷台に糸束をくくり付けて、よくやってきた。織物の盛んな作者のいる山梨でも、こんな光景が見られたに違いない。私には懐かしいあの時代が思い出される。 | ◎ | 奈良井宿水場の屋根の雪と石 |
小澤瀧次郎 | |
中山道の一部を木曽街道と呼んで十一の宿があるが、奈良井宿もその一つだ。隣の宿は、お六櫛で名高い藪原である。その境界の鳥居峠には、句は忘れたが、芭蕉の句碑がある。私も何度か通ったが、風に飛ばされないよう、屋根の上に石を並べた家が多い。その辺りもそろそろ雪解けの季節なのだろう。 | ◎ | 屋根替の藁の切り口揃ひたる |
児玉 一江 | |
先にも書いたが、私の疎開した群馬は、農村地帯だから、藁葺き屋根の家が多く、集落には必ず屋根屋なる職業があった。煤で真っ黒になった藁を取り除き、新藁を敷き詰め、表面を屋根屋はさみで切り揃えると、見事な屋根に変身する。辺り一帯には、新藁の匂ひが漂い続ける記憶が、いまだに残っている。 | ◎ | と見かう見そろそろ鴨の引く頃か |
別所 信子 | |
鴨の引く頃の動きを、少々欲目に見てこうは言ってみたものの、案外、普段通りの動きなのかも知れない。「左見右見」と書くと堅過ぎるが、「と見かう見」と書かれると、何とも優しい眼差しになる。 | ◎ | どんどの火達磨のひとつ転げ落つ |
後藤 千鐵 | |
正月のお飾りなどがくべられたどんど火の中に、願いがかなって黒目の入った達磨も入れられた。ところが座りの悪い達磨のこと、火から転げ出た。俳諧で言う滑稽味の出た一句になった。 | ◎ | 空樽を積む北窓を開きけり |
目黒 礼 | |
作者の会津の目黒さんは、漬物をはじめ料理の名人。秋から冬にかけて使った漬物の樽を陰干しにするため、早めに北窓を開けなくてはならない。いかにも目黒さんらしい一句だ。 |