1. 榎本好宏作品 |
  2.  同人の秀吟 
  3.  |航路抄 
No.2 2014年7月発行
榎本好宏 選

 創刊号の「航路集」の第三席に、福島県の馬場昭子さんの、「岐阜蝶を待ちたる人に雪解音」の一句を取り上げたら、早速反響があった。手紙を呉れたのは、当の岐阜県在住の同人、田口冬生さんである。
 文面によると、岐阜蝶の発見は、厳密に言うと、同県の郡上郡東村だが、昭和三十年代に四か町村が合併して金山町となったのだという。かつて「杉」の編集長をしていた私が、田口さんと手紙をやり取りしたのは、この金山町だった、と覚えている。
 田口さんの手紙は更に続く。福島県金山町では、この蝶を今でもシンボルとして大事にしているが、その後の町村合併で、金山町は下呂市に吸収されてしまったのだという。
 私にとって嬉しいのは、航路集の欄を通じて、間接的にではあるが、福島と岐阜の仲間が話し合えたことである。
 今月の巻頭は、私と福島・奥会津とのつながりともなる、こんな句を選んだ。

大火事を忘れるなかれ春神楽
齋藤 茂樹
 齋藤さんは、去年まで十六年間、三島町の町長の職にあった人。もっとも私との付き合いは助役のころからだったから、もっと長いことになる。だからこの町に入ると、誰言うとなく、「お帰えんなさい」と言ってくれる。
 「歳時記の里」を名のるだけあって、奥会津には古い行事が今でも残るが、その中の一つが歳の神(塞の神とも)かも知れない。一般に言えば、小正月の「どんど」のことでもある。
 この三島町にも二十ほどの集落があり、火事を出した二つの集落以外で今も行われ、国の文化財にも指定されている。「航」創刊号に斎藤眞人さんと小谷迪靖さんが発表していた吟行句も、ここの歳の神と、一緒に行われる鳥追いの行事で、どちらも火を使う。
 掲出句の春神楽も恐らく火を使う行事なのだろう。町長だったことはもちろんだが、一町民として、火事には用心に用心を重ねてきた。そんな思いが、「大火事を忘れるなかれ」とつい口をついて出る。そんな一句なのだ。
 奥会津の一句が出たついでに、もう一句、只見川上流の只見町の人の句も選んだ。
堅雪を渡りて梅の剪定す
三瓶 一穂
 「堅雪」と書いて「かたゆき」と読む。この春の季語は会津にだけ通じる言葉。春先になると、暖気で昼間の雪が解けるが、夜の冷気でまた凍結し、翌日の日中まで続くことがある。こんな時は、道なき雪の上を、どこまでも歩いて行ける。まさに剪定にはかっこうの現象である。
  三瓶さんの四句目に「種蒔き桜」があるが、これは辛夷のことで、地方によって言い方は違うが、山にこの花が咲いたら、種を蒔いたり、田を植える合図としての言葉として使われてきた。
屋根替の軒に萱積み青竹も
天野 祐子
 屋根の葺き替えは、かつては秋の農閑期に行われていたが、今は春にすることが多くなって春の季語。萱や藁屋根を葺き替える作業は大仕掛けだから、かつては大勢の人に加勢を頼む「結い」の制度が利用された。その萱や藁を敷く前に、竹でしっかり骨組みがこしらえられる。この一句のよろしさは、その青竹の色を、リアリティーに置いたところかも知れない。
担ぎ屋の荷のとりどりや草の餅
田口 愛子
 担ぎ屋とは懐かしい言葉である。近郊から大きな荷物を背負って、団体でやってくる人達で、町場の人は逆に重宝した。もちろん家庭を訪問するが、私が教室を長く持っていた東京・町屋の駅前には、このおばさん達が店を開き、その日の名物を並べていた。田口さんもこの辺りにお住まいだから、こんなおばさんから草餅を買ったのだろう。それにしても、とうに死語と化していると思っていた担ぎ屋の言葉が生きていたとは驚きである。
葦焼きの音の聞こゆるところまで
相川マサ子
 葦や葭は、「あし」「よし」の両方の読みがあるが、「悪し」に通じるので「善し」と読む人もいる。日をさえぎるのに使うのは、これで作った葦簀である。かつての琵琶湖近くには、これで財を成した葦長者もいた。この句の景は、新芽がしっかり生えるよう葦焼きをしているところなのだろう。作者は、その爆ぜる音をもう少し近くで聞こうとしている。この跡から春になると葦が芽を出す角ぐみが始まる。
犬吠えて海市忽ち崩れけり
富田  要
 「海市」とは蜃気楼のこと。春の季語で、富山湾のものが知られているが、蜃とは大はまぐりのことで、その蜃が吐く気で空中に楼閣ができると、昔の人は信じていた。実際は光の異常屈折で起きると知れば、味も素っ気もないが、それほど淡いものなのだ。少々大仰だが、犬が吠えると消える、の物言いに説得力もある。
残雪の下に待つもの動くもの
渡部 華子
 雪国に暮らしたことのない人には、断じて分からない世界だろう。雪面の下は死の世界と思われがちだが、植物にしても根も葉も生きている。だからまた、雪消えにも感動が伴うのだ。
花便り二円切手を貼りたして
前田 智子
 消費税の値上げで、四月から葉書きも封書も二円高くなった。金額はともかく、毎日郵便を出す私などには、その手間の方がわずらわしい気もする。ただ、花便りを書く浮かれ心に、そんなわずらわしさは一切ない。
家族みな筍飯のお焦げ好き
山本たか子
 味の付いたご飯を炊くと、どうしてもお焦げができる。ことに筍飯のそれとあれば、子供だけでなく、お父さんまでもが、「俺にも」と言うのかも知れない。
田植機の浮苗直す長男坊
太田 直史
 手植えのころならいざ知らず、機械植えの時代になっても浮き苗があるとは知らなかった。こうした補植は、昔から主の仕事だったような気もする。