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  3.  |航路抄 
No.45 2021年9月発行
日高俊平太 選

 榎本主宰の体調が回復されるまで、航路集の選と講評を代行させていただきます。航誌発足時に「風韻にさそはれて」という題のもと、航路集以外の秀吟の鑑賞欄を担当させていただいたことがありました。今回も私が心惹かれる作品を紹介し、皆様とともに俳句の魅力を味わい、楽しむことを主眼に進めさせていただきます。
夏蝶の象舎を抜けて行きにけり
天野 祐子
 この句を巻頭に選ぶ巡り合わせに感謝したい気持ちです。読んですぐ飯島晴子の名句「月光の象番にならぬかといふ」が表す不思議な世界が浮かんできます。そして象舎をぬけた蝶の行く先は?と想像が拡がります。「てふてふが一匹韃靼海峡を渡つて行つた」(安西冬衛)
灯のともり蛍袋に帰らうか
岩井 充子
 池田澄子の「じゃんけんで負けて蛍に生まれたの」は有名ですが、この作者も蛍になって詠んでいるようです。ちなみに私も「侏儒の森蛍袋に灯ともさん」と詠みました。
横つ面張りし時代の鉄風鈴
早野 和子
 作者名がなければ、男の作品だと思うでしょうね。飯田蛇笏の「くろがねの秋の風鈴鳴りにけり」を継ぐ雰囲気と力強さを感じます。
胎動の如く水吸ふ夏の木々
馬場 忠子
 気候変動の著しい昨今ですが、この句は盛夏の樹木の生命力をまざまざと伝えています、「胎動の如く」の表現の的確さにより。
裸子の尻やるまいぞやるまいぞ
龒野 和子
 「やるまいぞやるまいぞ」は最初戸惑いましたが、逃げる裸子を追っかける表現だと思いました。わが家でもよく見た光景です。
ほうほう蛍に胸さぐらるる
目黒  礼
 この句は「ほうほう/ほうたるにむね/さぐらるる」と区切って読んでください。「胸さぐらるる」は単に物理的に接触するのではなく、精神的な感じがします。
ふるさとの音みなここに盆の川
櫻井 宏平
 写生句では細部の具象が問題にされますが、それと対照的な見事な作品だと思います。私も含めた万人の「ふるさと」を懐かしく思う気持ちが表現されています。
竿の先雲を釣り上げ夏兆す
安部 衣世
 釣り竿を引き揚げたら針の先は魚ならぬ雲の峰だったという豪快な景です、夏気分が満ちてきます。
ずぶ濡れの噴水の芯ゆるぎなし
木村 珠江
 まず噴水がずぶ濡れという表現が面白い。次に噴水には芯があって、濡れても揺るがないという。長谷川櫂は「春の水とは濡れてゐるみづのこと」と詠んでいます。
夏至の月ぶらり昭和へガード下
花村 美紀
 若者には申し訳ないが、戦後の日本は昭和によって代表されます。私も退職するまで、新橋、有楽町、銀座をホームグラウンドにして昭和を生き抜いたとの思いがあります。
門柱や患家の庭の梅雨の蝶
津村  京
 患家とは医者の立場からいう患者の家を意味しますが、作者はお医者さんでしょうか?梅雨さ中の庭の蝶の姿から患者を心配している気持ちが伝わって来ます。
なんじやもんじや空の青さを測りけり
八木 和一
 この作者も私の尊敬する精神科医です。何の木だかわからないような大木が聳える様子を詠んだものですが、「空の青さを測りけり」は実に気持ちのよい表現です。
更衣昨日と同じ席に着く
大須賀衡子
 今日、更衣で衣服は変えたのですが、席は昨日と同じという対照を作者は面白く感じています。平凡に見えて味わいがある句です。
ひと仕事まだできさうな夏至の夕
栗原  満
 夏至の夕方はまだ明るい。「ひと仕事まだできさうな」の措辞が平凡そうに見えて、熟練者ならではの表現だと思います。仕事といえば、榎本主宰の季語別全句集は栗原さんの個人的な原稿が出発点になったと聞いています。
夏帽子名前つけたき今日の雲
原山テイ子
 掉尾を飾るにふさわしい気持ちいい作品です。雲に名前をつけたいとは、よほどうれしいことでもあったのでしょうか、夏帽子もきっと似合っていますよ。