顔見世 かおみせ|面見世(つらみせ)・足揃(あしぞろえ)・芝居正月(しばいしょうがつ)・歌舞伎正月(かぶきしょうがつ)
江戸時代には、興行主が役者を雇用する契約期間は一年で、十一月(陰暦)から翌年の十月まででした。ですから十一月は各座とも新しい座組を観客に見せる大事な興行で、顔見世とか面見世と呼ばれました。同時に役者にとって正月に相当しますので、芝居正月なる言葉も残りました。現在では京都の南座のほか、東京の歌舞伎座、それに名古屋の御園(みその)座で行われるだけとなりました。
  
顔見世の楽屋入まで清水に
中村吉右衛門
顔見世や加茂川(かも)に來てをる都鳥
森  澄雄
顔見世の招きの誰もつつがなく 
榎本 好宏

大根 だいこん|蘿蔔(だいこん)・だいこ・おおね・すずしろ・大根畑(だいこんばたけ)・土大根(つちだいこ)・大根市(だいこいち)・大根売(だいこんうり)
夏から秋にかけて蒔(ま)いたのがこの時期の大根で、冬の野菜として重宝されます。沢庵(たくあん)大根と干し大根、煮大根の三つに区別して使われます。多量のジアスターゼを含むので、正月用の餠(もち)を食べる時にはなくてはならない食材です。四、五千年前のエジプトのピラミッド建設従事者に供された記録もありますが、わが国では、『古事記』に淤富泥(おほね)と出てくるのが最初の文献です。この大根は白い腕に譬(たと)えて美化していますので、女性の「大根足」に譬える現代とは大分違います。
  
流れ行く大根の葉の早さかな
高浜 虚子
老の仕事大根たばね木に掛けて
西東 三鬼
母背負ふやうに大根を干場まで
榎本 好宏

ふくろう|ふくろ・母喰鳥(ははくいどり)・梟鳴く(ふくろうなく)
同じ仲間の木菟(みみずく)より大型で、木菟のように耳羽がないのが梟の特徴です。夜間に活動して野鼠(のねずみ)や昆虫、小鳥などを餌にします。母喰鳥の異名は中国からの言い伝えです。母親を食う不孝な鳥とされていた古代中国では、冬至に捕らえて磔(はりつけ)にし、夏至にそれを羹(あつもの)にして根絶やしにしました。明の謝肇淛(しゃちょうせい)の書いた随筆『五雑俎』(ござっそ)では、梟は人間の魂を取る使者とされ、その夜鳴きを死の前兆とします。ですから日本でも悪禽(あくきん)とされ、父母を食い、人間の爪を食う鳥として『本朝食鑑』にも書かれています。
  
梟淋し人の如くに瞑る時
原  石鼎
梟のねむたき貌の吹かれける 
軽部烏頭子
墓石を数へるやうに梟鳴く
榎本 好宏

牡蠣 かき|石花(かき)・真牡蠣(まがき)・牡蠣田(かきだ)・牡蠣割女(かきわりめ)・牡蠣(かき)むく・牡蠣殻(かきがら)・牡蠣飯(かきめし)・酢牡蠣(すがき)・どて焼(やき)・牡蠣フライ
日本人は牡蠣が好きですから、季節になると「牡蠣入荷」の看板が飲屋にも出ます。まずは檸檬(レモン)だけで生でいただきますが、すぐ殻が空くので、酢牡蠣、貝焼きを頼む羽目になり、とどめは鍋(なべ)の縁(へり)に味噌を塗った「どて焼」となります。Rの付かない月は食べないことになっていますが、大振りの岩牡蠣は夏牡蠣ですからRの付かない月に食べます。雌雄同体のはずの牡蠣になぜ雄の「牡」の字を当てるのかですが、たまたま調べた時が雄の時代だったから、とは受け売りの答えです。
  
牡蠣食へば妻はさびしき顔と云ふ
杉山 岳陽
牡蠣食ふや若さ嘆きし日の如く
藤田 湘子
牡蠣舟の囁くやうに篊(やな)の中
榎本 好宏

くさめ|くしゃみ・くっさめ・鼻(はな)ひり
アレルギー性鼻炎の症状ですが、そのほか寒気、悪寒、異物の刺激によっても起きます。中世の頃までは、鼻を通って魂が抜けだすのがくしゃみで、くしゃみをすると死ぬという俗信がありました。それを防ぐため呟(つぶや)いたのが「くそはめ」の呪文です。「くそはめ」は、「くそくらえ」程度のものでした。それが約(つづ)まって「くさめ」になり、くしゃみそのものをも指す言葉となりました。咳と違ってどこかユーモラスですから、狂言などでは、「はくしょん」の擬声語を、「くっさめ」とし、ユーモアを際立たせる表現をとっています。
  
たてしぶる古戸に落す嚏かな 
野村 喜舟
嚏して佛の妻に見られたる
森  澄雄
日本海より良寛のくさめかな
榎本 好宏

寒雀 かんすずめ|冬雀
取り入れの頃、田畑に散っていた雀も、落ち穂などがなくなる時節になると人家近くに寄ってきます。それを寒雀とする説もありますが、本来は食鳥としての雀のことをこう呼びます。野鳥愛好家には叱られそうですが、越冬のため食い溜めした寒雀が最も美味とされます。鮒の開いて焼いたものを雀焼きと言いますが、これも姿形が似ているからです。同じ冬の雀を「ふくら雀」と呼びますが、こちらは冬になって羽毛を膨らませた雀のことです。
  
とび下りて弾みやまずよ寒雀
川端 茅舎
寒雀酒蔵を出る糀の香
森  澄雄
立山に晴れのおよびぬ寒雀
榎本 好宏

雪女 ゆきおんな|雪女郎(ゆきじょろう)・雪おんば(ゆきおんば)・雪降り婆(ゆきふりばば)・雪鬼(ゆきおに)・雪坊主(ゆきぼうず)・雪の精(ゆきのせい)・雪男(ゆきおとこ)
喜多川歌麿描くところの錦絵の雪女は美人ですから、そのイメージで一般に流布していますが、これまでの伝承に出てくる雪女は、老女や産死者の場合もあるようです。当然のことながら、雪の害の怖さや、雪中に閉じ込められた閉塞状態の中から生まれた幻想譚(げんそうたん)ですので、そうなります。雪の夜に不定期に現れるのが常ですが、青森県西津軽郡の雪女は、元旦(がんたん)に現れて、最初の卯(う)の日に帰るといいいますから、年によっては随分と長逗留(とうりゅう)になります。
  
みちのくの雪深ければ雪女郎 
山口 青邨
笹飴やいとけなかりし雪女郎
森  澄雄
桐の木を削る匂ひを雪をんな
榎本 好宏

かんじき| 輪樏(わかんじき)・金樏(かねかんじき)・板樏(いたかんじき)
一口に樏と言いますが、泥土の上で作業するために履く板樏に、氷の上を歩くための鉄製の金樏と、雪の上の歩行に便利な輪樏の三種があり、ここでいう樏は輪樏のことです。素材もいろいろで、黒文字、板谷楓(いたやかえで)、黄櫨(はぜ)、山桑、竹、蔓木(つるぼく)などが使われ、災難除けの呪い(まじない)に、輪の前後を異なった材で仕上げました。古くは「橇(そり)」の字を当てて「かんじき」と読んで、「かじき」の転です。欧米では素直に「スノーシュー」と言います。
  
樏をはいて一歩や雪の上 
高浜 虚子
樏を履きて高野の人力車
福田 蓼汀
樏の束を括りて只見線
榎本 好宏

白魚 しらうお| しらお・膾残魚(しらお)・王餘魚(しらうお)・銀魚(しらうお)・白魚捕(しらおとり)・白魚舟(しらおぶね)・白魚汲む(しらおくむ)・白魚火(しらおび)・白魚汁(しらおじる)
かつては各地の河口に分布していた白魚科の硬骨魚。中でも歌舞伎の『三人吉三(さんにんきちざ)』大川端の名台詞(めいぜりふ)「月もおぼろに白魚の、篝(かがり)もかすむ春の空」で、隅田川の白魚はつとに有名です。その隅田川の両国橋上流の「首尾の松(しゅびのまつ)」(吉原へ舟で通う人たちの目印)まで白魚が上ったという記録もあります。その江戸の白魚も勢州(伊勢)から種を取り寄せ、品川に蒔(ま)いたとの記述も見られます。芭蕉の「明ぼのやしら魚しろきこと一寸」は、桑名(くわな)近くでの作ですが、初案は、「明ぼのや」が「雪薄し」と冬の句でした。「冬一寸、春二寸」ともいわれる白魚ですが、一寸が春の季節のイメージにふさわしいと考えたのでしょう。踊り食いで知られる白魚(素魚)は、「しろうお」と読み、鯊(はぜ)科の硬骨魚ですから別種です。
  
ふるひ寄せて白魚崩れん許りなり
夏目 漱石
白魚火や国引せしといふ海に
阿波野 青畝
白魚のここも伊万里の大皿に
榎本 好宏

雛祭 ひなまつり|雛遊・雛人形・雛段・内裏雛・官女雛・五人囃・矢大臣・雛菓子・ 雛・立雛・京雛・紙雛・折雛・雛合・ひいな・雛の間・雛の膳・雛椀・初雛・古雛・雛の客・ 桃の酒
日本の古来の行事として、人形(ひとがた 形代)を撫で、体のけがれを移して、川や海に流す巳の日の祓(みのひのはらえ)があります。いわゆる身代わり信仰のこの人形と、平安時代からあった「ひいなあそび」が一緒になってできたのが、今日の雛祭の原型です。人形をつくる技術が中国から伝えられると雛壇は賑やかになり、雛の調度や雛菓子にまで贅の限りが尽くされます。人びとは料理を作り磯遊び、山遊びを楽しむ日でもありました。また、おのおのの人形を比べ合う雛合や雛を使者に見立てて親戚を訪ねる雛の使(つかい)のような贅沢な遊びが流行った時代もありました。今日も残る雛流し、雛送りの行事は、巳の日の祓に人形を川に流した名残といえます。
  
仕(つかまつ)る手に笛もなし古雛(ふるひいな) 
松本たかし
土雛のゑぼしの紐のゆるやかに
橋本 鶏二
雛市の溢るる紅を眦(まなじり)に
榎本 好宏

淡雪 あわゆき|沫雪・牡丹雪・綿雪・泡雪・かたびら雪・たびら雪
冬の雪と違って気温も高いので、雪の結晶が互いにくっつきやすく、雪片が大きくなります。その形状に日本人は淡雪や牡丹雪などといった美しい名辞を与えてきました。淡雪に至っては、「淡雪蕎麦」「淡雪豆腐」と、その姿を料理にまで拝借してしまいました。「たびら雪」に漢字を当てますと「太平雪」となり、「太平」は、「太平広(たびらひろ)」の略ですから、刀の身の幅が広いこととなります。「広い」の意が雪片の大きさにつながったのでしょうか。
  
淡雪のつもるつもりや砂の上
久保田万太郎
淡雪や昼を灯して鏡店
日野 草城
塩積んで淡雪のぼる最上川
榎本 好宏

しじみ|蜆貝(しじみがい)・真蜆(ましじみ)・大蜆(おおしじみ)・大和蜆(やまとしじみ)・瀬田蜆(せたしじみ)・蜆舟(しじみぶね)・蜆売(しじみうり)・蜆取(しじみとり)・蜆掻(しじみかき)・蜆掘(しじみほり)
味の点から春が旬になってはいますが、土用蜆も寒蜆もまた人気の蜆です。古来、産地として琵琶湖がつとに有名ですが、摂津(せっつ 大阪と兵庫の一部)の住江(すみのえ)、信州の諏訪湖、武州(埼玉)の利根川、江戸の隅田川なども名を連ねています。「しじみ」の語源は、殻が縮む、煮ると縮む・・・・・・など諸説あり、「ちぢむ」の語感には説得力があります。昔から肝臓の病や宿酔(ふつかよい)に効くとは言われていますが、「消渇(しょうかち 糖尿病)、水腫(すいしゅ)、盗汗(とうかん 寝汗)によし」の効能も物の本にはよく出てきます。
  
工場の塀ぎは濡らし蜆売
沢木 欣一
かたかたと木橋渡れば蜆村
成田 千空
錦絵の端に描かれし蜆舟
榎本 好宏

屋根替 やねがえ|葺替(ふきかえ)・屋根葺く(やねふく)
かつては民家の屋根の大方は茅葺き(かやぶき)か藁葺き(わらぶき)でした。多少の不便はありますが、冬暖かく、夏涼しい利点もあり、素材の茅や藁の入手も簡単でしたから、長い間続きました。ただ葺替の作業が大変ですから村人総出で行うことが多く、村々に必ずあった屋根屋という職業が独立したのは随分と後のことです。総替えでなく、挿茅(さしがや)のように、一部傷んだ箇所に茅を補給することもありましたし、屋根の上に金属の鞘(さや)をかけて雨風を防ぐ工法もとられました。屋根替は秋の収穫期を終えてからも行われましたが、春耕の始まる前の農閑期が多いので、春の季語に定着しています。
  
屋根替の煤たちのぼる山家あり
西島 麦南
屋根替の男に梯子とどきけり
黒田 杏子
屋根替の茅鐘楼に立てられて
榎本 好宏

薺の花 なずなのはな|花薺(はななずな)・ぺんぺん草・三味線草(しゃみせんぐさ)
春の七草の一つに数えられていますが、一般にはぺんぺん草の方が通りのよい名前です。花はすぐ小さな実となり、その形は三角で三味線の撥(ばち)に似ているところからまず三味線草となり、その音感の連想からぺんぺん草に落ちつきました。「ぺんぺん草が生える」は家などが荒れはてる形容、「ぺんぺん草を生やす」は相手を威嚇(いかく)する啖呵(たんか)、どちらも不名誉な譬(たと)えです。
  
旅淋し薺咲く田の涯しらず 
阿波野 青畝
まつしろに薺咲く田へ柩出る
飴山 実
色なべて薺の花の咲くころに 
榎本 好宏

おぼろ|朧夜(おぼろよ)・草朧(くさおぼろ)・谷朧(たにおぼろ)・燈朧(ひおぼろ)・鐘朧(かねおぼろ)・庭朧(にわおぼろ)・海朧(うみおぼろ)・朧(おぼろ)めく
太陽や月の周りを巻層雲や高層雲の薄い雲が覆うと、ぼんやりした輪ができ、これを暈(かさ)と呼んでいます。この暈が月にかかると朧月となりますが、朧はもう少し広義に使われ、春の夜のもうろうと見えるものすべてを取り込み、鐘の音にさえ朧の定義をはめています。秋のドライに対して春のウェットという思いの代表でもある朧は、自然のみならず私たちの日常生活のほとんどを支配する情感でもあります。言ってみれば、春の季節を理解するキーワードでもあるわけです。
  
門川の夜々のおぼろとなりにけり
安住 敦
朧湧きたをやかなりし夜の橋
能村 登四郎
首級(しるし)とる夜にふさはしき朧かな
榎本 好宏

さくら|花・染井吉野・深山桜・大山桜・大島桜・牡丹桜・里桜・丁字桜(ちょうじざくら)・豆桜・富士桜・金剛桜・左近の桜・雲珠桜(うずざくら)・楊貴妃桜・朝桜・夕桜・夜桜・桜月夜・嶺桜・庭桜・若桜・姥桜・桜の園
一口に桜と言いますが、植物学上の特定の桜はなく、何々桜の総称をこう呼んでいて、自生と栽培の品種を合わせると数百種になると言われています。現在の花見の対象となる桜のほとんどは染井吉野ですが、この花は、明治の初年に東京の染井の植木屋から全国に広まった種類です。それ以前の桜の表記は、山桜や彼岸桜、里桜などのことになります。桜が登場する最も古い歌は『日本書紀』の「花ぐはし佐区羅(さくら)の愛(め)でこと愛でば早くは愛でず」でしたが、『万葉集』の頃は桜より梅の方が好まれ、「花といえば桜」の言い方は平安中期以降になってからです。この時代には、貴族たちが盛んに観桜の宴を開き、桜狩や花見のならわしもこの頃生まれたものです。
  
朝桜搖らぎ天竜ながれたり
水原 秋櫻子
満面にふくらんで来し朝桜
皆川 盤水
測量のこゑ花山に移りけり
榎本 好宏

さえずり|囀る・鳥囀る
朝の床の中で聞く鳥の声や、木や草が一斉に芽吹き始めた山野を歩いていて聞く鳥の声に、どこか普段と違う気配を感じることがあります。地鳴きは日常的に聞こえる鳥の鳴き声ですが、囀は、主に雄が雌に求愛を呼びかける鳴き声か、テリトリーを主張するための高鳴きですから、一種の甲高さもあってそれと気付きます。中でも鶯と駒鳥、瑠璃鳥のことを鳴鳥(めいちょう)の王などとも呼んでいます。
  
紺青の乗鞍の上に囀れり
前田 普羅
囀りをこぼさじと抱く大樹かな
星野 立子
囀のときに連れ鳴き虚子の墓
榎本 好宏

更衣 ころもがえ|衣更う(ころもかう)
かつては陰暦の四月朔日(ついたち)を更衣とし、宮中では衣裳だけでなく、室内の装飾、調度品までかえました。江戸時代には宮中の例にならい武家や民間でも更衣をし、四月一日から五月四日までが袷衣(あわせ)、五月五日から八月末までは帷子(かたびら)、九月一日から同八日までが袷衣、九月九日から翌年三月末までが綿入れ、となっていましたが、陰暦とはいえ現代人にはピンときません。今では、制服のある学校の生徒や公務員、鉄道職員などに限られ、一般人は、暑くなって上着を脱げば、それが更衣です。秋の更衣は「後の更衣(のちのころもがえ)」と言い、更衣と区別しています。
  
雲はみな動きめぐるや更衣
加藤 楸邨
人にやゝ遅れて衣更へにけり  
高橋淡路女
更衣見るべき花を見尽くして
榎本 好宏

穴子 あなご|海鰻(あなご)・穴子釣(あなごつり)・真穴子(まあなご)
岩礁地帯や砂泥の底に棲(す)むのでこの名があります。関東の人は鰻(うなぎ)を好みますが、関西人はこの穴子の方を選びます。蒲(かば)焼き、煮物、天麩羅、茶碗(ちゃわん)蒸し、酢の物などにしますが、京都では地元の八幡牛蒡(やわたごぼう)を巻いた八幡巻きを食べます。安芸の宮島の名物と言えば、この穴子飯です。穴子の稚魚「のれそれ」は土佐料理の珍味とされています。穴子の「なご」も、鰻の「なぎ」も同義で、水中の霊物の主という意になりますから、心して膳に迎えたいものです。
  
裂かれたる穴子のみんな目が澄んで
波多野爽波
穴子裂く大吟醸は冷やしあり
長谷川 櫂
朝霧の中より帰る穴子舟
榎本 好宏

麦の秋 むぎのあき|麦秋(ばくしゅう)・麦秋(むぎあき)
麦の黄ばむ頃を麦の秋と呼びますが、麦秋は陰暦四月の異名です。「秋」の語源をたどれば、穀物の成熟収穫の季節ということですから、麦の秋の言い方は、季節は夏でも理にかなうことになります。「むぎあき」に対して、秋の稲の取り入れの頃も「こめあき」と言いますから、これも理にかなっています。一面に黄ばんだ麦畑から立ち上る植物の乾く匂いや埃の匂いに郷愁を感じる人は多いはずです。
  
雑巾の乾く月夜の麦の秋 
平畑 静塔
麦秋のやさしき野川渡りけり 
石塚 友二
月よりも星に匂ひぬ麦の秋
榎本 好宏

南風 みなみ|大南風(おおみなみ)・南吹く(みなみふく)・正南風(まみなみ)・南風(みなみかぜ)・南風(なんぷう)
南から吹く暖かい湿った風が南風で、低気圧が通過する時の強い風は大南風と呼んでいます。風を方角でいうのは、東風(こち)を除いて、西風(にし)、北風(きた)と同じで、漁民や農民といった生活者の省略なのかもしれません。南風の言い方は関東以北の、それも太平洋岸の漁民や船乗りなどのもので、ほかの地方では「はえ」や「まじ」の表現が主流です。単に「南」と書いただけで南風(みなみかぜ)を指す言い方は『万葉集』の歌にも出てきます。
  
日もすがら日輪くらし大南風
高浜 虚子
海女葬る砂丘の南風夕なぎぬ
西島 麦南
千空に碑の草田男に大南風
榎本 好宏

蚊遣火 かやりび|蚊遣(かやり)・蚊いぶし・蚊火(かび)・蚊遣草・蚊遣粉・蚊取線香・蚊取香水
夏の夕方、縁先に出て涼風に当たりながら過ごす夕端居(ゆうはしい)の時など、蚊遣火を炷(た)いていれば蚊や蚋(ぶよ)の難から免れます。また、就寝前に蚊遣火を焚いて蚊を追い出してから蚊帳(かや)を吊りました。蚊遣火には、榧(かや)、桜、松などの小枝や、菊や枯れ草、松葉、杉の葉、陳皮(ちんぴ)などのほか鉋屑(かんなくず)、縄まで使いますが、長時間燻さねばならず、縄に水をかけて使ったりもします。除虫菊でこしらえた蚊取線香の出現は当時、革命的なことでした。
  
月雲をいづれば燃ゆる蚊遣かな
芝 不器男
蚊遣一すぢこの平安のいつまでぞ 
加藤 楸邨
箸休めのやうに蚊遣を炷き呉れし
榎本 好宏

万緑 ばんりょく
夏の盛りの草木が、最も緑を濃く湛えている様子を言います。北宋の政治家で、唐宋八家の一人に数えられる王安石の詩に「万緑叢中紅一点」と出てくる言葉です。この万緑を中村草田男が「万緑の中や吾子(あこ)の歯生え初(そ)むる」と使ったことにより、新しい季語として誕生しました。普段はあまり新季語に関心を示さない高浜虚子までもが、「万緑の万物の中大仏」と使ったところから、俳人は競ってこの季語に挑戦しました。虚子が使ったからだけでなく、この季語の風景の大きな把握に魅力を感じたのでしょう。
  
万緑の中や吾子の歯生え初むる
中村草田男
万緑を顧みるべし山毛欅峠
石田 波郷
弓絞り万緑耳にあふれけり 
榎本 好宏

にじ ❘ 蜺(にじ)・朝虹・夕虹・虹の輪・虹の橋・虹の帯
夕立の後などに架かる大きな虹には、真夏の安らぎを得た思いがします。虹の色の配列は、紫・藍・青・緑・黄・橙・赤の順に並びます。この美しい色相になぜ虫偏(むしへん)の虹の字を当てたかですが、古代中国では虹を大蛇に見立て、虹(こう)は雄で明るい主虹を、蜺(げい)の方は雌で外側の副虹を指していました。また、ギリシャ神話では、虹の女神アイリスが翼を広げて天地の間を行き来する際の橋が虹だということになっています。春の虹より長時間架かる夏の虹を見ながらこんな想像をすることも、銷夏法(しょうかほう)の一つになります。
  
虹立ちて忽ち君の在る如し
高浜 虚子
虹消えて了へば還る人妻に
三橋 鷹女
紙芝居来さうな虹のかかりけり
榎本 好宏

盂蘭盆会 うらぼんえ|盂蘭盆(うらぼん)・盆会(ぼんえ)・盆(ぼん)・盆供(ぼんく)・盆祭(ぼんまつり)・盂蘭盆経(うらぼんきょう)・迎盆(むかえぼん)・新盆(にいぼん)・初盆(はつぼん)
七月十三日から十五日(または十六日)までの魂祭(たままつり)ですが、農事の関係で地方では月遅れの八月に行うところが多く、毎年飛行機や列車が混む民族大移動の観を呈します。陰暦の四月十六日から七月十五日まで、一室に籠って修行することを夏安居(げあんご)と言い、それを終えた僧の懺悔(ざんげ)を自恣(じし)と言います。盂蘭盆会の日に、その自恣僧に百味(美味・珍味)の供養をすると、餓鬼道(がきどう)にある両親や祖父母の飢渇の苦しみが救われるという「仏説盂蘭盆会経」の教えによって行われる行事です。現在では祖先の魂を祀(まつ)るだけの意で行われています。
  
炎天に筵たたけば盆が来る
飯田 龍太
怠けよといふ旧盆の山のこゑ
伊藤 白潮
正座して為すことばかり盆用意
榎本 好宏

流星 りゅうせい ❘ 流れ星(ながれぼし)・夜這星(よばいぼし)・星流る(ほしながる)・星飛ぶ(ほしとぶ)・星走る(ほしはしる)
四季を通じて見られますが、大気の澄む秋にはとくに目立ちます。中には燃え尽きずに隕石(いんせき)として地上に落ちて来るものもあります。『枕草子』の「星はよはひほし、すこしをかし」の「よはひほし」も夜這星で、これも流星ですから、よからぬことを想像してしまいます。しかし、夜這いの語源は、動詞の「呼ばう」ですから、繰り返し呼びかけるの意で、壮大な流星群に感動した古人が、そう呟いたと取ってもよさそうです。
  
星飛ぶや寝ねし我家へ帰りつく 
篠原 温亭
弥彦より尾を引きて飛ぶ夜這星
森  澄雄
妻をらば妻在らば星流れけり
榎本 好宏

すすき| 薄(すすき)・尾花(おばな)・花芒(はなすすき)・穂芒(ほすすき)・芒原(すすきはら)・糸芒(いとすすき)・鬼芒(おにすすき)・真赭(ますほ)の芒(すすき)・一本芒(ひともとすすき)
秋の名月になくてはならない花ですが、獣の尾の形に似ているので、尾花が一般的な呼び名です。『万葉集』以来、秋の七草に数えられ、『万葉集』だけでも三十六首の芒が詠まれています。真赭の芒の「ますほ」は「まそほ」の転で、穂が出たばかりの赤い穂の芒を言います。この芒も枯れれば枯尾花(冬)と言われ、野焼き後の芒は末黒(すぐろ)の芒(春)と言って情を寄せ、青芒(夏)は、その勢(きお)いを詩歌に詠まれてきました。
  
折りとりてはらりとおもきすゝきかな 
飯田 蛇笏
海鳴りのはるけき芒折りにけり 
木下 夕爾
窯出しの瓦尾花の辺りまで
榎本 好宏

新酒 しんしゅ|新走り(あらばしり)・今年酒(ことしざけ)・利酒(ききざけ)・新酒糟(しんしゅかす)
今年収穫した米で作るのが、新走りの名で呼ばれる新酒で、新酒ができ上がると、杉の葉を球状に束ねた酒林(さかばやし)が酒屋の軒に吊られました。杉の葉の青々とした酒林が売り出しの合図だったのです。今では寒造りが主流になり、十二月に仕込み、新酒は三月になりますから歳時記とは時期が大分ずれてしまいました。まず酛(もと)・酒母(しゅぼ)をつくり、次に薫米と麹(こうじ)とを加えて醪(もろみ)をつくり、発酵を待って清酒はできますが、何しろ相手は生きものですから、蔵元も杜氏(とうじ)も不眠不休の作業が続きました。できた新酒の利酒は色香の分かりやすい蛇の目茶碗(じゃのめぢゃわん)で行います。
  
古酒新酒みちのく人と酌み交す 
高野 素十
老いたりや舐めてすぐ足る今年酒
森  澄雄
酒の名にどれも相槌新走り
榎本 好宏

銀杏 ぎんなん ❘ 銀杏の実(いちょうのみ)
かつては嵐(あらし)の去った後などに、バケツを持って拾いに行きました。あの異臭と手がかぶれるのには難儀しますが、一度土に埋めておくと果肉が取れ、洗ってから干したものです。老樹には乳状の瘤(こぶ)が垂れ下がるので、古来柞葉(ははそは)の「はは」に対して、乳(ちち)の木と呼ばれています。炒(い)って食べたり、茶碗蒸しに入れますが、植物油に浸けて毎朝一粒ずつ食べると食欲が増進し、殿方期待の強精剤にも。実が杏(あんず)に似るところから中国では「銀杏」と書き、これを日本では唐音で「ぎんあん」と読み、連声(れんじょう)で「ぎんなん」となったものです。
  
銀杏を焼きてもてなすまだぬくし
星野 立子
ぎんなんをむいてひすいをたなごころ
森  澄雄
銀杏の落ちる婆達いづこから
榎本 好宏

季語解説:榎本好宏 著『季語成り立ち辞典』(平凡社)より転載