榎本好宏 選
第7回 航賞 受賞作品
 第7回「航賞」の作品募集は七月末で締め切ったが、例年の何倍もの応募作が寄せられた。そんな中から今回の「航賞」特選に、太田直史さんの「志功菩薩」を選んだ。また、「航賞」秀逸に秋山健さんの「龍の玉」など四編、惜しくも僅差の作品八編は佳作とした。
 残念ながら選外となってしまった作品にも、全体のまとまりは良いのだが、一句としての魅力に欠けるもの、逆に、力のある句がありながら、一連の構成に難があるものなど、今後の可能性を感じるものが多かった。諦めずに応募を続けることこそ、自己の力を磨く機会になると信じて欲しい。
 応募作品はそれぞれ面白かったが、今年も同じことを言うとすれば、「航のこころざし」に言う「現今の個性のない俳句作品に埋もれることをよしとせず、『航』はおのおのが持つ無意識下のやわらかい自己の発現をめざす」に、もっともっと応えてくれる作品をこれからも期待したい。

  

特 選
志功菩薩
太田 直史
陽炎や在さば卒寿の母畑に
転び苗浮苗直す朝まはり
夏燕舟と櫂吊る村社
葭切の葦の浮島漁舟
一日づつ重ねる余生茄子の花
初穂供ふ屋敷祠に幟立て
坪庭の灯の瑞々し魂迎へ
志功菩薩の艶の眼差し良夜かな
修理待つべか舟溜り萩の声
出来秋の藁の芳し水戸納豆

秀逸一席
龍の玉
秋山  健
夏掛を送るホームの妹へ
星月夜鎌倉山に女学校
羞らうて心鮮(あたら)し白桔梗
見はるかす海境まるし石蕗の花
蕪鮨神に供ふや灯ともして
鎌倉の路地裏鍛冶の寒の音
此の道のいや遠々し合歓の花

秀逸二席
追憶
石塚 富子
夏深む出会ひはじめの与謝の海
夫の声子のこゑ遥か秋波頭
明け易し蜆商ふこゑ今朝も
腹這ひて菰のぼうたん撮りし夫
また買うて夫在るやうに心太
いつ迄も追ふなと夫は蓮に消ゆ
子の家に来ても一人の端居かな

秀逸三席
米研ぎぬ
石井 公子
ラヂオ体操木槿の花を掃き終へて
末広に末広がりに水を打つ
地球儀を廻し西日の濃かりけり
猫脚の卓にまらうど蚊遣焚く
水羊羹夫の亡き人ある人と
白桃の礼状筆を新しく
海へ向く玻璃戸しばらく西日かな

秀逸四席
春耕
齊藤 眞人
うららかや妻の畑の手伝ひへ
春耕や備中鍬を振り上ぐる
残したる大根花を咲かせけり
馬鈴薯を植ゑたる畝の曲りをり
種を蒔く畝の最後に空袋
草むしり夫婦のひと日終りけり
玉葱の茎折れ曲がる収穫期

佳作
順不同
蝶の影
木村 珠江
綿飴の棒持ち歩く花の昼
鳥曇り曲輪の多き城の絵図
春の日やまだ濡れてゐる御朱印帖

佳作
しづかな絵
八木美恵子
逢はぬまま青水無月の過ぎにけり
八月の湖のつめたき異国かな
思ひ出はいづれ忘れる鳥雲に

佳作
里の春
栗原  満
しんがりの白鳥帰る多々良沼
春一番陸に引き上げ渡し舟
鬼蓮の沼や乗つ込み鯉跳ねて

佳作
慟哭
安部 衣世
春うらら土竜の穴に耳を寄せ
古井戸のかたへの崖の岩莨
刀剣の鍛冶屋灯ともす寒さかな

佳作
寒昴
保坂 定子
黒松のみどり摘まれし男振り
柿すだれ武甲山(ぶかふ)は今日も削られて
山風の蛇笏のすすき手折り来ぬ

佳作
遍路
下山永見子
初蝶や寺門大きく開かれて
百の燈に百の祈りや土佐水木
鈴の音に遍路この世をすれちがふ

佳作
合歓の花
天野 祐子
ほととぎす土の匂ひの能舞台
古民家の上り框の夏蕨
合歓の花くぐりて叔母を訪ねけり

佳作
在りし日
角野精三郎
梧桐や誰の胸にも重き過去
心太一本箸に昭和かな
蠅帳や味噌おにぎりに置き手紙

  1.  第1回航賞 
  2.  第2回航賞 
  3.  第3回航賞 
  4.  第4回航賞 
  5.  第5回航賞 
  6.  第6回航賞 
  7.  第7回航賞 
  8.  第8回航賞