榎本好宏 選
第4回 航賞 受賞作品
 「航」の創刊を記念して創設した「航賞」も今回で第四回になった。当方の不手際で応募作品は少なめだったが、その中から、上記の特選一点と佳作四点を選出した。
 中でも、特選に選んだ太田直史さんの作品「初燕」の一連の作品には、景を明確に描きながら、その景を読者に絵のごとく手渡ししてくれる見事さがある。これは俳句より長い経歴を持つ版画の手法が、ここにも生かされているからだろう。更に、対象物との真摯な向き合い方が、すぐれていることも、ここに特記しなければならない。

  

特 選
初 燕
太田 直史
銀座八丁稲荷巡りの初詣
石工屋の鎚の火花も春隣
枝折戸の結びほつれに薄氷
百間の路地に十ケ寺梅の花
初燕近江なまりの寺案内
桜餅寄席の太鼓の川向かう
春潮の沖の鳥居に潮位線
蕗味噌やひとり暮しのいつか来る
清明や目を入れ菩薩刷り上がる
雨乞ひの山のわさび田青葉闇
初鰹緑衣の禰宜のおんべ振る
里帰り結の仕事の溝浚へ
出来秋や鑿の切れ味よき仏
唐黍や子沢山の母総入れ歯

佳作一席
桜東風
金子智枝子
観音の天衣ゆるやか桜東風
蘖のみな空を指す志
花冷えやきりきり絞る藍の糸
一葉落つ佐助稲荷の苔祠
送り火の尽きし闇より水の音
青みたる瀞の早瀬や雁渡る
寒雀とんで羅漢の手に肩に

佳作二席
霜の粒
富田 要
満開と言ふ慎しさ冬桜
俎板に河豚の鰭干す佃島
鳶の妻いつもの角に飾売る
祝箸梅の蕾を添へられて
地震去りて寒月光増しにけり
雪踏んで橡の実晒す山の水
蝋梅の内に紅あり尼の寺

佳作三席
好 日
中村いはほ
すかんぽや誰もポケット肥後守
お平に言うて蚊遺をまづ出され
遠花火行間ほどの間のあいて
今朝よりは蜻蛉の空となりにけり
蜩や澱む熱気の上澄に
芒の穂小筆の重さにも足らず
括るもの括りて庭の冬支度

佳作四席
早春の近江
蓜島良子
鳥影を映す余呉湖の水温む
合戦の地を貫ける雪解川
舟いくつ包む淡海の朝霞
坊跡の多き湖東の木の芽風
寄進せし寺に忘るる春ショール
小魚の飴炊きにほふ朧かな
悔なしと思ふ近江の春夕焼

  1.  第1回航賞 
  2.  第2回航賞 
  3.  第3回航賞 
  4.  第4回航賞 
  5.  第5回航賞 
  6.  第6回航賞 
  7.  第7回航賞 
  8.  第8回航賞