榎本好宏 選
第5回 航賞 受賞作品
「航賞」の応募は五回目になるが、残念ながら今回も応募の作品は少なく、残念でもあった。
 そんな中でも、今回が二度目の受賞になる田中勝さんの作品「海開き」は特に優れていた。とくに

  八月六日日差しの路地に水を打つ

には感心した。「八月六日」は広島の原爆忌だが、当時の田中さんはまだ少年。少年とは言え、周りの強い情感から、あの原爆に強い思いがあったに違いない。
 あれから七十三年が過ぎたがしかし、田中さんの心中の強い情感は薄まったとは言え、あの十万人の生涯を奪った、原爆への思いは強く残っているはず。ただ表現だけが沈静化して、こんな風に穏やかに描いただけだと思う。

  

特 選
海開き
田中  勝 
手焙りに炭足す親爺稀覯本
豊穣祈ぐ神事の竹を春泥に
山なべて日に日にあをく桐の花
合歓咲くや名主備へし籾の蔵
鰻屋の灯り川面に梅雨入かな
祓ひ終へ渚に神酒を海開き
日々草咲かせ介護士研修所
毛の国の風や夕立の来る匂ひ
八月六日日差しの路地に水を打つ
土用芽や平和の鐘に黙祷す
詔勅を聴きし夜殊に星流る
音たてて芋殻燃え尽く魂送
帯掴まれ叔母は燈籠放ちけり
辻々に幟鳴りけり本祭
糸瓜忌や谷中千駄木はや灯す

秀逸一席
黒 羽
天野祐子
簗簀へと竹の桟橋渡りけり
簗に座し源流の嶺に真向へり
蚊遣りして竹籠を編む媼かな
坐禅堂の魚板の凹み黒揚羽
水琴窟に耳当てをれば青蜥蜴
麻暖簾庫裡の戸口に乳母車
一斉の蜩瀬音かき消して

秀逸二席
大花野
齊藤眞人
端居して吾なきあとの妻思ふ
炎天へ骨董市の刀抜く
立秋の雨のひと日となりにけり
米茄子の尻の張りしを牛とせむ
台風の雨を見込みて野菜植ゑ
妹と叔母を訪ぬる秋彼岸
雲の影つぎつぎ速し大花野

秀逸三席
村育ち
栗原 満 
掘逡へ父に代はりて村の衆と
蜜蜂の巣箱のならぶ花菜畑
代掻きの鼻どり依頼二軒より
上蔟の蚕ひんやり指先に
籾殻の煙なびかせ田を仕舞ふ
樫ぐねの破れ繕ふ冬支度
三和土より夜なべの母の機の音

秀逸四席
みちのくの秋
児玉一江
大ねぶた風神雷神あらはるる
高ぶりの醒めやらぬままねぶたの夜
竿燈の撓みと撓みぶつからず
みちのくの旅に付き来る月・火星
秋霖に苔みつみつと薬師堂
新涼の鐘に撞き跡残りをり
遺り水の庭を精霊螇蚸かな

  1.  第1回航賞 
  2.  第2回航賞 
  3.  第3回航賞 
  4.  第4回航賞 
  5.  第5回航賞 
  6.  第6回航賞 
  7.  第7回航賞 
  8.  第8回航賞