榎本好宏 選
第3回 航賞 受賞作品
 「航」の創刊を記念して創設した「航賞」も第三回になった。前回もそうだったが、応募作品が少なかったことが残念である。
 応募作の多くは、風景や事柄の叙述が多く、「航」のめざす「無意識下のやわらかい自己の発現」には、少々遠過ぎる作品が多かった。
 「航賞」特選に選んだ藤川三枝子さんの「桔梗」の多くは旅吟だが、単なる旅行者のまなざしではなく、その土地の風土に深く参入しながら、その目線で作った作品が多く、そこがまた新鮮でもあった。

  

特 選
桔 梗
藤川三枝子
水音に始まる宇陀の葛晒
二ン月や目玉の光る魚買うて
花桶の箍濃くなりて彼岸かな
磯なげき細りて舟の一揺れす
柿の花船板塀に釘の跡
鮒鮓や五箇荘ここも蔵屋敷
早苗饗や敷居外して奥の間も
鬼太鼓の習ひに素足巡査長
一握り程を持ち上げ苧殻焚く
胸元に笠の影して風の盆
御師の宿桶に入れあり新豆腐
妻入りの風鳴る軒に鮭吊す
葦苅や腰に縄下げ遠く見て
柿吊す家それぞれの紐の色
鰤起し神棚に置く陶の魚

佳作一席
稲終へし
田中 勝
釜飯の炊けて匂うて寒明くる
春潮の小名木波郷の句碑を見に
簗の水たばしる八十八夜かな
苧殻火に道を照らされ仏来る
拝殿に稲穂匂へり獺祭忌
蕪蒸しけふ立冬の湯気たつる
海鼠腸の届き霙となりにけり

佳作二席
那須野
天野祐子 
余り苗据ゑて田植機帰りけり
梨棚の覆ひ巻き上ぐ立夏かな
水口に鍬洗ひをり夏燕
卯の花や瀬音の高き禁漁区
碑へ筵敷きあり著莪の花
竹樋を支ふる竹や苔の花
方丈の魚板の凹み黒揚羽

佳作三席
朝 桜
赤木和子
朝桜浚渫船のきのふまで
春耕の媼ばかりや赤城山
太宰より春夫に手紙花あしび
五箇山の鎌研ぐ汀合歓の花
鮎食うて夫又ひとつ忘れもの
白木槿しんと真昼の神学校
塩船もここ通ひしよ都鳥

佳作四席
秋 祭
齊藤眞人
落し文地蔵の御手の上に置く
万緑の一画をなす母の山
花火果て電車の音の戻りけり
居酒屋を出て夕立の潦
睡蓮の火鉢に咲きて寺しづか
本陣の址の名残りの白木槿
わが町にこんなに子供秋祭

  1.  第1回航賞 
  2.  第2回航賞 
  3.  第3回航賞 
  4.  第4回航賞 
  5.  第5回航賞 
  6.  第6回航賞 
  7.  第7回航賞 
  8.  第8回航賞